昭和年代山口県下の各分野で活躍した800名の人物小伝
昭和山口県人物誌
中西輝磨
A5判330頁・上製函入
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防長の昭和史を彩る人物群
作家・古川薫

◆個人の生きざまは砂上に刻んだ文字通りの足跡で、その正確な業績はだれかが記録、整埋しておかないかぎり、すぐに消えてしまう。地方にあっては特にそうである。70数年間にわたる大正・昭和年代、山口県下の各分野で活躍した人々についてもすでに記憶の薄れを感しており、何かのときに困ることが多い。

◆資科がまったく消滅しないうちに記録しておくことは、同時代を生きた者としての使命だとは言うべくしてなかなか難しい作業だ。中西輝磨氏だからこそ、それをやり遂げ得た。歌人としても活躍中の中西氏は、かつて下関市内の248にのぼる庚申塚、70力所の稲荷神社や6地蔵の所在を長期間自力で調べ尽くし、本にされたことがある。その寡黙な努力に、だれもが舌を巻いたものだった。

◆県下全般に目を配らなけれぱならぬこのたぴの『昭和山口県人物誌』をまとめられるにあたって、その資料収集活動は、想像を絶する辛苦の積み重ねであったにちがいない。これから本書を利用させていただく私などは、まずもってお礼を申し述べたい気持ちである。

◆人名辞典は歴史資科に不可欠の便覧で、私なども長州関係の著述にあたっては『近仕防長人名辞典』(吉田祥朔著)にどれほどお世話になっているかしれない。明治期になるとこれも先般マツノ書店で復刻された『近代防長人物誌』(井関九郎著)が大変役立っている。県下でそれ以後の人物誌が出ていないということは、地道なこの種の仕事に手をつける中西氏のような篤学の人があらわれなかった事実を物語っている。

◆本書が人名辞典でなく「人物誌」であるのは、約800人に及ぷ人物の履歴の詳細な記述からきているわけで、5年間をかけた執念の努力が加えた厚味である。これら登載人物は期治・大正・昭和の三代にわたって生を享け、主として昭和期に活動した人々だ。まさに山口県の昭和史を彩った有名無名の人物群を掘り起こし、集成した内容になっている。

◆この『昭和山口県人物誌』は、大正6年(1917)に出た前掲『近代防長人物誌』いらい久しぷりに上梓される労作である。

◆いずれ追加改定されるとしても、これまでの例としてここ十年やそこらでそれはないだろう。おそらく今世紀中最後の防長人物誌として、後世への得難い遣産となることは疑いない。