新発見、山口時代の日記、日本近代史解明の鍵
初代山口県令
中野梧一日記

田村貞雄校注
A5判600頁函

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良質な史料と優れた伝記
東京大学史料編纂所所長・宮地正人
中野梧一日記の刊行を喜ぶ
名城大学名誉教授明治維新史学会顧問
原口清

◆このたび、山口県初代県令中野梧一の日記が、マツノ書店から翻刻・出版されることとなった。日記の解読者は、地租改正事業をはじめとして、明治初期の山口県央研究に着実な業績をつみ重ねてきた田村貞雄氏である。田村氏の研究対象への恐るべき執念が、この日記を発見させ、懇切丁寧な注釈を伴った活字化を実現させたのだといえよう。また日記史料を扱う際、最も我々を当惑させる多数の人名に関しては、可能な限りの文献を駆使した人名略伝が、ここには付されている。

◆明治維新は、今日にいたる日本近代を考える場含、さけて通ることが出来ない、古くて、しかもいつまでも新しくありつづける歴史学の対象である。そして、そこでの大さな問題群の一つが、明治初年の天皇制国家による上からの近代化政策と、在地においてそれを受けとめ、反発し、更に逆規定していく諸勢力・諸集団との、カにみちダイナミズムに富んだ相互関係なのである。

◆この両者のぶつかりあう場はどこであったのか?それは、太政官政府部内でも、個々の町村でもありえなかった。それは廃藩置県後新たに成立した府県そのものだったのである。

◆全国の県令や権令・参事の一身にこの矛盾と対立は凝集される。しかも山口県の場合、県令の立場は一地方官にとどまるのではなく、維新変革を遂行した長州藩閥の出身県として、その県治は直ちに全国的な意味をもたざるを得なかった。

◆ここに活字化された明治4年12月から7年7月の中野日記の中に、我々は、中央政府の指令と県の複雑な対応、天皇制教化政策と文明開化思想、地方行政区画の創設・改変と豪農層の掌握、県行政を担う実務家集団の形成と不平士族への対策等々、この時期に提起されてきた種々多様な間題と課題を考える際の貴重なヒントとアイディアを随処に発見することが出来る。中野が全力をあげて遂行した地租改正事業が、佐賀の乱勃発直後の明治7年2月、始めて政府の認可するところとなる事実も一その一例である。

◆また田村氏は、幕府勘定方の家に生れ、函館戦争に旧幕臣として参加、井上馨に見出されて新政府の官僚となったものの、県行政に困憊して実業界に投じ、明治16年に自殺する中野梧一の200頁近くの波瀾にとんだ伝記を本日記に付している。これ自体が一つの魅力的な維新論となっている。

◆良質の史料と優れた伝記は維新史研究の命である。本書はその一つである。推薦する所以である。

◆明治維新は、その激動の渦中のなかで、波乱に満ち、魅力あぷれる生涯を送った多くの人物を生みだしている。山口県初代県令であった中野梧一も、そのなかの一人である。

◆旧幕臣であった彼は、戊辰の内乱では反政府軍に身を投じ、箱館・五稜郭で最後の抵抗を試み、降伏・赦免の後は一転して旧敵長州藩の後に新設された山口県の初代長官となる。初期明治国家の中堅官僚として新時代の建設に参加した彼は、やがて官を棄て実業界に身を投じ、関西財界に大きな足跡を残す。ほどなく、謎の自殺をとげて41歳の生涯を終っている。まさに、劇的な人生と云えよう。

◆中野梧一の日記は、過去にもその抄録が世の関心を引き論議の的となったことはあったが、今回、田村貞雄氏の厳正な考証を経てその全貌が明らかにされることになった。田村氏は、明治維新研究の第一線で活躍をつづけており、中野梧一研究の第一人者である。今回の中野日記の解題には、最高の適任者である。

◆刊行される中野日記は、1872(明治5)年前半と74年前半を中心とするもので、中野の山口県長官時代のものである。この時期は、廃藩置県直後の最も激動的な時期であり、失継ぎ早に発令・実施される政府の諸政策に対し、士族・農民等の反応がさまざまな形をとって噴出した。地方統治の責任者として直接管下の人民に対応する地方長官の役割は、安定した時代のそれの比ではない。

◆この日記は、限られた時期と地域ではあるが、地方長官のうごきを中心として、国家と人民の関係を具体的かつ立体的に解明するための貴重な史料となろう。これまで類書が無かっただけに、とくにその感が深い。

◆日々の日記に登場する人物・事件等には、綿密な注が付けられている。さらに、精緻な「解題」・「人名略伝」・「中野梧一の生涯」が別に収められている。痒い所に手が届くような懇切な配慮である。これらは、基礎的文献をあまねく渉猟し、厳密な検討を加えた末に作成されたものであり、実証に徹する田村氏の学風が遺憾なく発揮されている。とくに「生涯」は、中野梧一伝の最高水準を示す傑作と云える。

◆本書は、中野梧一および関係人物・事項を研究する為の必読の書であるばかりでなく、明治維新をより深く知る為の示唆に富んだ良書である。広く利用されることを希望し、推薦したい。