「本家武士道実践者」の実像を伝える読みやすい総ルビ本
増補 乃木希典
 宿利 重一
 マツノ書店 復刻版 *原本は昭和12年春秋社
   2004年刊行 A5判 上製 函入 495頁 パンフレットPDF(内容見本あり)
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『増補 乃木希典』 目次
■ 自刃前の思出で
大凶報に接して
櫻田門外の獣想
電話室を中心に
最後の決心成る
暗に系圖を示す
皇儲殿下に永訣
東宮御學問所も
豫感と静子夫人
前夜に詩の鑑賞

■ 年 譜

■ 希次と妻寿子
長府第一の人物
穎脱の稚髭時代
人間味は豊富に
試煉にも堪へて
子供に國境なし
貧乏のドン底に
再び春光は輝く
我子の家庭教育
内助者の典型は

■ 玉木先生と御堀氏
香崖翁と熊野氏
試胆曾の選手に
白軍司令として
憧憬の松下村塾
玉木文之進とは
心身健かに成育
雋秀の御堀耕助

■ 陸軍少佐に任ず
明倫館に入學す
名を文藏と賜ふ
武人生活の展開
御堀に諭されて
巨人成長の途へ
京都退去の密議
烱眼の黒田清隆

■ 歩兵第十四聯隊長
弟妹をも東京へ
新居は月賦建築
風鑑者は何庭?
敵には同門の士
福原大佐の詰責
弟仆れ師自殺す
薩南の健児起つ
野戦病院の珍客
父逝くの報にも

■ 獨逸行
憂欝の人として
静子夫人を迎ふ
玄關に缺禮告示
熱望の欧羅巴へ
努力の一年有半
精采変々の文字
更生の第一歩へ
乃木式生活とは
この人を正視す

■ 蔓灣総督
意外の話なるも
賢母の鑑として
不朽に輝く事蹟
潔癖の人として
悲しみも激励に
山縣伯爵の慰諭

■ 善通寺時代
平常の戦時生活
不時に巡視して
静子夫人の訪問
元旦の午前三時
淡々水のやうに
雪中山嶺の祝宴
自ら焼石を握る
温情の人として
灼熱せる責任感

■ 旅順攻團戦
御信任は無限に
勝典先づ戦死す
赤痢と軍司令官
悪戦し苦闘して
「一挙直屠旅順城」
主將の陣中日記
保典も亦陣残歿す
更に日記を見よ
難攻不落の砦も
名畫を描くもの
柳樹房の日々は
敵前に暴露して

■ 奉天戦―凱旋
更に北征の途へ
乾坤一擲の快戦
「死」を必期して
武士道を如實に
法庫門ロマンス
記念の凱旋軍歌
熱涙裡に復命す


独自の資料による乃木伝記の白眉
   作家 山田 兵庫 
 現在まで出版された防長人の伝記のうち、その点数が圧倒的に多いのが、吉田松陰と乃木希典であることは言うまでもない。
 『乃木希典全集』下巻に収められた参考文献一覧を見ると、乃木伝記の出版が集中しているのは、大正の終わりから敗戦直前までの間である。出版事情が最悪だった昭和十年代だけでも、七十冊以上を数える。広く、熱心に読まれたのだろう。
 その理由を、「軍国主義」の一言で片付けてしまうのは簡単だ。しかし、それだけではないものを私は感じている。

 幕末に生まれた乃木希典は、真の武士道をたたき込まれて育った、最後の世代である。しかも乃木の場合は、あの吉田松陰に徹底したスパルタ教育を施した玉木文之進に師事したという筋金入りだ。
 日本人は明治維新を境に、急速にヨーロッパナイズされ、合理的な頭脳を持つようになった。損か、得か、という物差しで、物事を判断するのが当たり前になった。
 以前は美徳とされた、自らを律する武士的生き方は、合理的に見れば損な生き方に決まっている。だから、忘れ去られた。
 しかし、人間というのは損得勘定だけで考え、動いていると、必ずどこかで歪みが生まれるものだ。
 乃木と同世代の男たちが高齢化し、次々と鬼籍に入っていったのが、大正から昭和のはじめにかけてである。
 この時期に、乃木伝記の出版が集中しているという事実。それは明治維新から半世紀を経た日本人が、何か大切なものを失いつつあることに気づき、焦っていた証しではないだろうか。
 そんな時代だからこそ、乃木はスポットを浴びた。古武士さながらの乃木の生きざま、死にざまは、大正デモクラシーを謳歌して育った当時の若者たちにとっても、かえって新鮮なものに映ったに違いない。
 それは平成のいま、アメリカ映画「ラストサムライ」を観て、「武士道」を知ったと感激し、涙を流す若者たちにも共通するものがある。政治も経済も、人の心までもがおかしくなってしまった現代日本には、古き良き時代の象徴とされた乃木に、再び注目が集まりやすい土壌が生まれているのは確かだ。

 ただ願わくば、かつての「乃木発見」が、精神主義を煽るしかない軍部や政治家に都合よく利用され、日本を最悪の結末へと転がり落とした轍だけは踏んで欲しくないと思う。利用されたがために、乃木という人物は戦後、歴史の上から抹殺されてしまい、いまだ復権を果たしたとは言い難い。それどころか戦前の反動から生まれた、アンチ乃木派も結構多い。乃木を愚将として描いた司馬遼太郎『殉死』も多くの支持を集めて来た。
 しかし、日露戦争から一世紀を経たことでもあるし、そろそろ好き、嫌いといった感情論を越えた乃木評価が、本格化してもいいのではないか。

 山口県史料の復刻にかけては、他の追随を許さないマツノ書店ですら、実はこれまで乃木伝記を一冊も出していない。それが今年、宿利重一『増補乃木希典』を復刻する意義は大きい。十一年前、やはりマツノ書店は宿利の『児玉源太郎』を復刻した。『増補 乃木希典』は、その姉妹編ともいうべき作品である。
 数ある乃木伝記の中で、宿利のものは白眉との評価が高い。著者が乃木という人物に深く傾倒しながらも、ジャーナリスト的な冷静な視点を忘れず、しかも独自に収集した多くの資料を駆使しているからだ。孫引きを積み重ねて完成させた伝記とは違い、すでにオリジナルとしての史料的価値も存在する。

 宿利は大分県玖珠郡八幡村の出身で、関係者などからの、徹底した取材を基に著す軍人の伝記を得意とした。事故で両手の十指を失い、両手首をハンケチにくるみ、ペンを挟んで執筆したなどという逸話を聞くと、鬼気迫るものがある。
 そうした執念は、著作にも反映する。たとえば、宿利の乃木伝記「第一弾」は、昭和四年に同県人である陸軍大将河合操(元第三軍参謀副長)の監修を得、発表した『乃木希典』である。
 その後も新しい材料を求め、手を加え、昭和六年には『人間乃木』将軍篇を出し、さらにこの度復刻される『増補 乃木希典』へとつながる。白らの著作に対し、深い愛着、強烈な白信を抱いていたことがうかがえる。こうした作品こそ、復刻され、読み継がれるべきだろう。
(本書パンフレットより)