全国的視野で照射した地方史の典型
防府の今昔史料年表
三坂圭治著

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■山口県が生んだすぐれた歴史学者・三坂圭治氏の著作は『周防国府の研究』『萩藩の財政と撫育制度』をはじめ、数は少ないけれどすべて名著です。
■『防府の今昔』は昭和二十六年に防府市立防府図書館から謄写印刷で、同じく昭和四十二年には、正式の活字印刷で刊行されました。
■今回の復刻に際し、ご遺族の許可を得た上で書名の上に「史料年表」とつけ加えます。「平易な読物」のつもりで題名を決め、三坂先生に執筆を依頼された上山満之進翁が、本書の完成を待たず逝去されたため、結果的に内容にそぐわない題名となっていたのを、少しでも訂正したいためです。
■右の推薦文にもある通り、本書は「明治維新、毛利氏、大内氏等の歴史を全国的視野から研究するためきわめて有益な歴史研究書」として、県外のお方にも自信をもってお薦め致します。



三坂圭治史学の原点
         
龍谷大学文学部教授児玉 識
本書は、山口県史の研究に生涯を捧げられた三坂圭治先生が、防府出身で、のちに枢密顧問官となった上山満之進翁から私的に懇請を受けて、昭和四年に史料蒐集に着手し、敗戦間際の昭和十九年にようやく脱稿されたものである。三坂先生は昭和四年に東大文学部国史学科卒業と同時に毛利家の「両公伝編纂所」に入所されているから、入所後ただちに『両公伝』と本書の両方の編纂に向けて、毛利家に伝わる膨大な史料群の中で若き情熱を傾注されたことであろう。

 昭和初年ころから、全国的に郷土史研究が活発化し、さまざまな形でその成果が公刊されることとなった。しかし、それらの多くは、出典名を秘して功の独占を図ったり、あるいは史料を無視して口碑・伝説に依拠するなど、学問的にはなはだ未熟なものであった。

「緒言」によると、三坂先生はこうした当時の郷土史研究の風潮が「斯学の発展を阻害すること甚大なる」を憂え、本書を「読物として著述せんよりも、むしろ編年的に綱文を掲げ、その下に出典を注記して史料の所在を明らかにし、将来の研究に資するを以って時宜を得たるの計画」と考え、そのことを上山翁に伝えたところ、翁もこれに賛成されたという。本書が、現在もなお貴重な学術書として存在しているのも、このような、当時としてはきわめて異例の叙述形式をとられたからにほかならないが、これは、この手法を了とした上山翁の慧眼、それを成し得るだけの三坂先生の力量、さらに他の追従を許さぬほどの多数の史料を擁する毛利家の研究施設があったればこそ可能だったのであろう。その点で本書は、物理的には戦火のしだいに深まりゆく厳しい状況下でありながらも、学問的には幸運な環境の中で誕生したといえよう。

 しかし、刊行後の本書の扱われかたは不遇であったと私は思う。というのは、本書は大化前代から明治初年までの防府に関係する記事を、可能な限りの史書、古文書を駆使し、前記の基準に沿ってまとめたもので、一地域の歴史の歩みをこれほど豊富な史料で緻密に裏付けた書物は現時点においても非常に稀と思われる労作であるにもかかわらず、三坂先生の意図に反して、本書を単なる読物風の歴史書と勘違いし、学問的に正当に評価する研究者が意外に少ないからである。これは『防府の今昔』という書名から通俗的な歴史書を連想させるためかもしれないが、しかし実際に本書を繙けば、これが単に防府史を知るためだけでなく、防長、さらに明治維新、毛利氏、大内氏等の歴史を全国的視野から研究するうえでも多くの示唆に富む、きわめて有益にして高度な歴史研究書であることはたちどころに判明するはずである。

 ご生前、三坂先生ご自身から、本書に格別の愛着を持っておられることをお聞きした記憶があるが、実証主義を貫かれた三坂史学の原点ともいうべき本書の復刻を心から嬉しく思う。