桂小五郎(木戸孝允)波瀾の生涯を集大成
久坂玄瑞全集 全1巻
福本義亮編
A5判函入上製850頁

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維新に開花する久坂精神
元・山口県地方史学会会長・三坂圭治

◆久坂玄瑞は松下村塾の俊傑、天保11年、萩城下平安古に生まれ、初めは兄玄機の盟友であり、海防僧として知られる玖珂郡遠崎村妙円寺の住職月性に就いて学んだが、安政3年、月性の勧めによって吉田松陰の門に入り、同6年、松陰の殉難後は師の志をついで勤皇の事業に鞅掌し、元治元年7月、禁門の変に奮戦して25年の生涯を終わった。

◆そのすぐれた事跡を伝記するものとしては、福本氏の本書のほかに、妻木忠太氏の『久坂玄瑞遣文集』がある。しかし妻木氏の遺文集は昭和19年1月、その上巻の年譜および尺牘篇(安政3〜文久元)が出版されてまもなく戦争が苛烈となり、ついで氏の他界のために中巻の尺牘篇(文久2〜元治元)・下巻の遺作篇(日記・随筆・詩歌・著作・略伝)は上梓に至らず、その原稿も所在不明となって、今日においては福本氏の本書が、久坂の全容を伝える唯一の文献となっている。

◆本書を播いて心を打たれるのは、和漢洋にわたる久坂の篤学と、純一無辺とも称すべき勤皇の哲理である。それを端的に行動にあらわしたのが長井雅楽に対する徹底的な弾劾活動であり、その精神を文章に表現したのが文久2年8月朔日の『廻瀾条議』と、同年閏8月28日の『解腕痴言』である。長井が「航海遠略策」の建議において公武の一和を先決間題とし、幕府が調印を了した通商条約を有効と認め、挙国一致のカをもって外交問題に対処すべしとしたのに対し、覇道の排撃に徹した久坂は幕府の専断を許さず、通商条約は断然これを破棄し、長崎・下田・箱館三港の開港を約した安政元年の和親条約の線に引き戻すべしと主張する。

◆ただし、その談判に成功し、わが国威が立った暁においては、「朝鮮・満州・広東・呂宋・爪哇・印度より初め、亜米利加・欧羅巴迄も自由に往来し、処々に館第を建て、将士を置き、宇内の形勢を脾睨し、万国の情態を洞観して我が海軍を練し、我が士気を張り候えば、皇威恢復何の難きかあらむ。然りと雖も金川(神奈川)調印を破棄し、三港に引戻し候こと夷人万々承引仕るまじきに付き、撻伐膺懲の勇決猛断ならでは迚も相叶はず候」(廻潤条議)というのである。

◆すなわち、久坂の所論も結局は航海遠略を目指したのであるが、そこに至る過程において長井の政治家的便宜主義を排し、純粋にわが国体を踏まえての行動に終始したのである。
本書の特色

■本書は、『松下村塾の偉人・久坂玄瑞』(福本義亮著・昭和9年刊)を改名・復刻したものです。
■福本義亮氏は、長い年月と莫大な私財を投じて、久坂玄瑞遺文の断片までも収集したといわれています。残念ながら、その大部分が散逸しており、今日では、本書を通じてしかその全容に接することはできません。
■本書の見所の一つは、まとまりのない断片的史料にあります。たとえぱ、玄瑞の交友を示す「忘雑録」という章によって、玄瑞の日記などに姓名だけ記載されている諸人物と照含してみると、神出鬼没といわれた玄瑞の江戸・京都における行動がおおよそ浮かび上がってきます。
■また、万延元年に執筆した「辺陲史略」の付録として、95冊にわたる引用書があげられています。当時、志士達の最大の関心事であった辺境(蝦夷、朝鮮、琉球、台湾)にふれた古書・新書の大部分は、この目録に尽くされています。
■福本氏は、遺文の間に玄瑞に関わりのある興味深い逸話を、数多く伝えています。中でも、実子秀次郎の「玄瑞一夕話」から引用された、西郷隆盛(南州)に対する評価などは、見事な切れ味のある逸話です。
■本書には付録として、玄瑞の尊穣論に深い影響を与えた兄玄機の遺稿集が、すべて網羅されています。
■もう一つの付録「維新志士異名同人録」は、245名の維新志士の変名・前名・後名・仮称・雅号などを記載したもので、特殊な人名辞典として利用できます。


刊行にあたって
■何年もかけてご遣族をさがし、その後はまた一年以上もかかって三坂圭治、高橋政清両先生のお骨折りで1000ヶ所に及ぶ誤植修正をしていただき、やっと昭和53年に日の目をみたこの『久坂玄瑞全集』は、刊行と同時に売り切れ、すぐまた入手困難となり、古書価も暴騰していました。
■久坂玄瑞といえぱ、幕末長州では吉田松陰、高杉晋作と並ぶ人気をもつ人物。その人気とは裏腹に史料は極端に少なく、まとまったものとしては、現在に至るも本書しかありません。
■しかし「500部限定版」として刊行した手前もあり、遠慮して参りましたが、久坂玄瑞についての史料を求める声は増すばかり。いつまでも入手困難では困ります。
■そこで苦肉の策として、「特装版」という名目で再復刻します。刊行後すでに十三年も経ていることでもあり、お許し頂けると思います。なお、原本の版元である東京の誠文堂新光社からも快諾を得ています。