明治の宮廷画家による絢爛たる維新名場面集
七卿回天史絵巻 別冊とも2冊セット
 東久世 通禧・文/田中有美・画/田中 彰・監修
 マツノ書店 復刻版  *原題 「三条実美公履歴」(明治40年)
   1994年刊行 B4判 上製函入 150頁 パンフレットPDF(内容見本あり)
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刊行に際して
▼本書は、明治40年に刊行された『三条実美公履歴』を改題復刻するものです。そっけない題名にもかかわらず、オールカラー木版刷りの、120余点に及ぶ豪華絢欄たる大和絵が入っています。
▼これを描いた田中有美は天保十年に生まれ、従兄弟でもある復古大和絵画家の冷泉(岡田)為恭の内弟子として宮廷に出入りし、幼き日の明治天皇の遊び相手もつとめ、その縁で宮廷画家になりました。「七卿落之図」「御大葬之図」など多くの優れた作品を残しています。
▼本書は、幕末の京都や長州を中心とした「政治史絵巻」であると同時に、他に類のない貴重な「風俗絵巻」ともなっています。田中は、たんに三条実美という個人だけを追わず、自らが生きた時代そのものを画家の目で忠実に伝えようとしており、装束・諸道具・建造物など些細な点に至るまでの背景を同時代人として描き切っているからです。例えば、現在では見ることのできない萩城や三田尻招賢閣など、維新の舞台が絵画で再現されています。
▼文章を書いた東久世通嬉は、七卿の一人で、維新後は岩倉使節団にも参加し、枢密院議長などを歴任、大正元年80歳で没しました。本書の大半を占める「七卿落ち」の顛末は、東久世自身も当事者だったことから、格段の迫力と史料性を持っています。
▼本書の文章はすべて、東久世の達筆をそのまま木版刷りで復元してあるため、芸術的である代わりに読み辛いようです。そこで「別冊」として、山口県文書館副館長・小山良昌氏による懇切丁寧な注釈つきで本文をすべて活字化し、田中彰氏および東行記念館学芸員・一坂太郎氏による解説、年表、関連地図等も含めたものを付録につけます。
▼これほどユニークな本であるにもかかわらず、稀覯本であったため、本書の存在は一流の学者にさえ知れ渡っていません。今回の復刻は、山口県とゆかりの深かった三条実美公をはじめ七卿を顕彰すると同時に、本書の「維新史図録」としての真価を改めて世に問うものです。



『七卿回天史絵巻』  図版目次抄
◆維新前の京風俗
◆被衣を着て外出する公家の妻たち
◆当時の子供の遊び
◆西郷隆盛、僧月照と相抱きて海中に投身
◆頼三樹三郎等を護送する唐丸籠
◆三条、勅使として江戸へ出発
◆夜更けて退朝の途中、壮士三人、三条を要撃せんとする
◆三条、鷹司邸より妙法院へ立ち退く
◆妙法院会議にて「七卿落ち」を決定する
◆文久三年八月一八日の政変
◆三条等、蓑笠草鞋姿で竹田街道を行く
◆三条等、船にて靹津を発し周防国徳山着
◆深夜、周防国佐波郡の椿峠を越えて三田尻へ
◆奇兵隊総督滝弥太郎以下二百五十人、三田尻招賢閣にて三条に謁を請う
◆毛利慶親、招賢閣に来り初めて三条等に謁す
◆沢宣嘉、招賢閣を脱して平野次郎等と共に但馬国に走る
◆三条等、諸士を率いて茶臼山に猟す
◆猟には奇兵隊参謀三好軍太郎、狙撃隊など三百名参加
◆長州藩主毛利慶親、矢原川原で歩・騎・砲三兵の演習を行う
◆三条、湯田にて新年を迎う
◆三条、諸卿と共に赤間関の亀山八幡社へ参詣
◆壇ノ浦にて砲台の演習を視察
◆錦小路頼徳、赤間関にて客死、湯田の竜泉寺にて葬儀
◆三条、山口氷上の真光院にしばらく閑居する
◆丹羽出雲守等、京都六角の獄中にて惨殺さる
◆真木和泉守、三条の館に来り別れを告ぐ
◆三条、慶親へ餞別のため錦の直垂を送る
◆真木和泉守等十七人、天王山にて自害
◆萩藩の敗兵、京都を逃れ備後靹津に着く
◆これにより三条等、諸士を介し軍議をおこなう
◆三条等は夜、徒歩にて三田尻より山口に向う
◆長兵外艦に敗れ和を講ずると聞き、三条等は馬を馳せ小郡に至り、毛利定広を面責する
◆高杉、山県、伊藤等、相謀りて三条に洋行をすすめる
◆土方楠左衛門、毛利慶親に面し三条の書を呈する
◆奇兵隊隊長山県狂介、三条を奉して挙兵のため、長町に入らんとす
◆三条等、長府に入り功山寺に宿す
◆高杉晋作の挙兵
◆士気高揚のため、諸隊の力士に命じて相撲をとらせる
◆中岡慎太郎、早川養敬の従僕として小倉に来る
◆中岡慎太郎、西郷隆盛に面会する
◆西郷隆盛、宿所に来り初めて三条に拝謁する
◆坂本龍馬の下宿した京都河原町の近江屋
◆三条、太政大臣を拝命する


幕末激動期政局の美事な絵巻 『三条実美公履歴』の復刻『七卿回天史絵巻』成る
   大久保 利謙
 このたび徳山市のマツノ書店から『三条実美公履歴』五冊が『七卿回天史絵巻』と改題し、詞書全文の活字化と解題等をつけて容易に親しめる原色どおりの美事な復刻本一冊として刊行されることとなった。
 三条実美は幕末から維新初期政界に岩倉具視と並んで、公家出身政治家の頭目として太政大臣、第三代目の内閣総理大臣を歴任した。三条家は上級の精華の家柄で、幕末朝廷の偉傑内大臣実万を父として生れ、折からの政局激動の波に乗って反幕府の尊攘派公家として文久二年には、議奏の要職となり、幕府に対する攘夷実行督促の勅使として江戸に下向した。それから尊攘派公家の中心となり若冠25才頃から政局の本舞台に華々しい活躍をはじめた。翌三年は尊攘派と公武合体派との対決は、薩、長、土等の雄藩が進出して激化し、ついに尊攘派追い出しの八月十八日政変となった。そこで三条をはじめ東久世通嬉、三条西季知、四条隆謌、壬生基修、錦小路頼徳、沢宣嘉の七卿は後図を計って相提携する長州藩下向となった。これが「七卿回天」の挙で、幕末政局を一転せしめることとなった。京都ではやがて岩倉具視と薩摩藩との連携による王政復古となるが、この三条等七卿の長州下向もいわば尊攘王政復古をめざすもので、やがて王政復古となるやその意図も果されて三条、岩倉両卿は並んで明治新政府の頭目となったのも故あることであろう。この絵巻の詞書と絵図とは、王政復占を七卿の側から語り、描いたものであって、今回『防長回天史』にちなんでか「七卿回天史絵巻」と改めたことは、この『履歴』編纂の意図をよく現わすものといわなければなるまい。
 三条実美にははやく宮内省編『三条実美公年譜』18冊があって、これが三条の正伝であるが、正確詳細ではあっても読んで面白くないし、その人柄などは分らない。ところがこの『七卿回天史絵巻』は絵巻と詞書とで、目にみる幕末政局史、または三条等七卿の志士ぶりの気風と姿をそのまま目にすることができる貴重文献である。
 この詞書は七卿の一人の東久世通嬉によるので、三条誕生記事の後は安政五年の政変から筆をおこして文久三年政変、七卿の長州下向、その後の七卿回天の王政復古画策が数々のエピソードを交えて語る京都公家尊攘政治史話である。束久世の語ったことであるから幕末政治の史料として貴重であって、なかには史上には埋れてしまっている秘事もあろう。それも具体的に興味深く語っているので、いわば生きた躍動的幕末政局史といえるものである。
 本書の眼目は何といっても目でみる絵巻であってこれが今日の読者には親しめ、また有難い復刻である。作者は、幕末明治にいたる大和絵の宮廷画家田中有美である。有美は幕末の志士であり、また大和絵の大家冷泉為恭の弟子である。その画風から、また幕末から宮廷画家として宮廷に出入していたので、三条はじめ七卿の政治活動を画くには最適任、他に匹敵する者はない画家である。詞書に東久世卿、画家にこの宮廷画家・田中有美画伯という組み合わせは、今日からよくぞ、と思われるもので、これはまことに得難い幕末王政復古史の文献といわなければならない。
 この復刻は田中彰教授の監修のもとに、同氏および山口県文書館副館長・小山良昌、東行記念館学芸員・一坂太郎両氏の解説、注釈等を付した詞書活字化の懇切丁寧な別冊を併せて、七卿下向とゆかりの深かった山口県徳山市のマツノ書店の刊行を喜び、大方の読書人、さらにひろく学会に推奨するところである。
(本書パンフレットより 肩書・市名は当時のもの)