中世史研究の名著
周防国府の研究
 三坂圭治
 マツノ書店 復刻版 *原本は昭和8年
   1984年刊行 A5判 上製函入 542頁 パンフレットPDF(内容見本あり)
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『周防国府の研究』略目次

第一編 平安朝時代以前の周防国府
@ 国庁設置の由来
A 国郡里制度の確立と国庁その他
  諸官衙の設置
B 神社の鎮座と寺院の建立

第二編 鎌倉時代の周防国府
@ 東大寺の造営と俊乗坊重源の周防国受領
A 東大寺造営完成後の周防国
B 東大寺の再度周防国受領
C 各郡に於ける国衙領
D 社寺の創建と造替

第三編 南北朝室町時代の周防国府
@ 武家の押妨と国衙領の減少
A 東大寺の喧訴と国衙領の還付
B 還付後における国衙領の減少
C 国庁官員と国庁年行事

第四編 江戸時代の周防国府
@ 毛利家の国衙土居八町安時
A 毛利家の国衙領没収と東大寺への浮米勘渡
B 国庁内部の状況

第五編 明治維新以後の周防国府
@ 国庁の瓦解と候人の進退
A 建造物、土地及び什物の始末



『周防国府の研究』(復刻版)自叙
   三坂圭治
 本書は昭和四年、東大文学部史学科を辛業と同時に渡辺世祐博士の推薦により、上山満之進先生の依嘱をうけて着述したものである。大学在学中、中世史を専攻した私には古代史は苦手であったが、上山先生の御意図は本書の序文にもあるように、「時は神代より昭和の現代に及び、地は防府の境域たり今の六ヶ町村に亘り……事苟くも防府の郷土に関するものは総てこれを網羅する」ということであったので、私はまず防府の地名にちなんで、周防国府に関する文献の調査から始め、正味三ヶ年の歳月をかけて昭和八年に本書を脱稿し、渡辺先生の監修を仰いでその年末に東京・積交館から出版した。

 その間、私が最も力を入れたのは鎌倉時代以降、周防国が東大寺の造営料国に当てられ古代的権威を維持しようとする東大寺と、新興武士団との葛藤の歴史であった。それは大内氏・毛利氏の時代を経て明治四年の廃藩置県まで継続するのであるが、私が探訪した昭和初年の国府八町域は一面に田畑が広がり、西辺を画していた大樋土手も残っていて、一町ごとの畦畔には明らかに古代条里制の遺稿がみられた。

 私はその現況を頼りに、近世の文献史料を参酌して防府町役場に八町域の製図を依頼したのであるが、四年後の昭和四十二年六月には中心部の国衙域方二町と、国府域方八町の四隅と推定される地域が国の史跡に指定された。
 ところが、その後国府域の発展は目ざましく、四隅の指定地域についても現状変更の申請が絶えないので、国衙域方二町の地を中心に、昭和三十六年から累次に亙って地下遺構の発掘調査が実施された。
 その結果、国衡の構造や機能について解明された点が多く、特に国府城の四隅については、往年の地図の誤りがはっきりしてきたので、ここに改めて発掘調査による新しい知見の追加と国府図の訂正を防府市教育委員会の森江直紹氏にお願いした。
 これが本書復刻版の最大の特色であり、私もこれによって、ちょうど五十年目に自責の念から解放されるものと感謝に堪えない。
(本書パンフレットより)